「飽和潜水」というワードを最近ニュースなどで耳にした方も多いのではないでしょうか。
あまり聞きなれないフレーズですよね。
みなさん「潜水をして海中で救助活動をすること」だとは思うけど、普通の潜水とは違うの?飽和ってなに?という感じではないでしょうか。
飽和潜水とは、深海の水圧にあらかじめ身体を馴染ませ、深海環境下でも作業や調査ができるという潜水技術です。
そして救助活動だけでなく、深海での調査や建設作業など、様々な種類の作業があります。
高度な技術と設備が必要な飽和潜水は、世界中で重要な役割を果たしています。
しかし、その危険性や厳しい生活環境から、多くの人にとって謎に包まれた存在となっています。
今回は、そんな飽和潜水について、その仕組みや潜水士たちの生活などを解説していきたいと思います。
飽和潜水とは一体なに?
飽和潜水とは深海の水圧に体を慣らしながら、深海に潜水する技術です。
潜水士が水圧による深海環境下で長時間作業を行うために、酸素とヘリウムの混合ガスを高圧の環境で身体に吸収させて、体内を深海の水圧に耐えられる「加圧状態」にしてから海に潜ります。
これによって、100メートル以上の深度でも長時間の活動ができるようになりました。
スキューバダイビングなどの一般的な潜水はおおよそ30~40メートルまでで、訓練を受けた海上保安庁の特殊救難隊の潜水士でも作業可能な水深はおおよそ60メートルと言われています。
水深100メートルぐらいになるとペットボトルがペチャンコになるほどで、人間の肺は10分の1に縮むと言われています。
そうすると窒素などの気体が地上にいる時よりも多く体内組織に溶け込みます。また、浮上するときに水圧が減少するため、今度は体内組織に溶け込んだ気体が血管中に排出され体外へ出て行きます。
急激に海面に浮上すると、血管内の気体が気泡となって現れることがあります。
それが塞栓となり血管を破いてしまうこともあり、それが「潜水病(減圧症)」と言われます。
そうならないために、飽和潜水では潜水士はまず船上にある「チャンバー」という密閉された気圧を変化させることのできる部屋に入り、半日から1日かけて深海での作業を行う水深と同じ気圧まで室内を加圧して体を慣らします。
このチャンバーという密閉空間約4畳ほどの広さになっており、その中に潜水士数人で入って時間を過ごさなければなりません。
その時間は、水深が1メートル増すごとに1分なので、水深100メートルのところに潜るのであれば、100分間かけて加圧していくことになります。
そして深海と同じ気圧に体が慣れたら、加圧状態のままチャンバーと同じ気圧のカプセルに移動し、カプセルごと深海へ下降します。
深海に着いたらカプセルから外に出て作業をします。
1度作業に入ると、海底生活を1週間以上ときには数週間続けることになります。
1回の潜水での作業時間は30分程度が目安ですが、それを何度も繰り返すことが可能なので、長い時には1か月ほど深海で生活しながら、何度も作業をする事もあります。
作業終了後は再びカプセルで船に戻り、減圧室で行きの時よりも長い数日~1週間ほどかけて通常の状態まで身体を減圧させて、地上の気圧に慣らします。
どんな時に飽和潜水を使用するのか??
飽和潜水は、主に深海における様々な作業や調査に必要な場合に使用されます。以下に、飽和潜水が必要とされる代表的な事例をいくつか挙げます。
- 深海の油田開発:海底にある油田を掘削する際、飽和潜水を利用して油井の建設やメンテナンスを行うことがあります。
- 海洋調査:深海における地球科学的な調査や海洋生物の調査、環境調査などを行う場合に、飽和潜水を利用して長時間にわたって調査を行うことがあります。
- 深海の建設作業:深海における海底トンネルの建設や海底のパイプラインの敷設など、建設作業を行う際には、飽和潜水を利用して作業員が長時間にわたって作業を行うことがあります。
- 海洋災害の救助活動:海洋災害が発生した場合には、深海に潜水し、救助活動を行う必要があります。このような場合にも、飽和潜水を利用して、救助活動を長時間にわたって行うことができます。
これらのように、深海での様々な作業や調査において、飽和潜水は必要不可欠な技術の一つとなっています。
救助活動で飽和潜水を使用するケース
救助活動で飽和潜水が使用されるケースは、主に深海での事故や災害が発生した場合です。例えば、沈没した船の捜索や修理、油田の事故などが挙げられます。
救助活動において、飽和潜水は長時間の潜水作業が必要な場合に有効です。
通常の潜水では限界深度に達すると、水圧の影響によって潜水士の安全が脅かされるため、作業時間も限られます。
しかし飽和潜水では、潜水士は高圧環境に長時間潜る事ができるため、長時間の作業や調査が可能です。
飽和潜水の費用はかなりの高額?
ニュースで飽和潜水をするには莫大な費用がかかると見かけたのですが、なんと昨年の北海道の知床で起こった客船事故の際に、飽和潜水システムを用いた深海探査にかかった費用は、8億7700万円だったそうです。
想像以上でしたが、さらに驚きなのが、沈没した船体の引き揚げ費用を含まない、調査のみでの金額という事です。
金額が大きすぎてあまりピンときませんが、救助する側も命がけで挑むわけですから、このぐらい金額がかかってしまうのは仕方がない事なのでしょう。
費用は国が負担するそうです。
チャンバー内の空気は減圧症の防止の為酸素20%ヘリウム80%の組成になっており、実はこのヘリウムのコストがすごく高額のようです。
飽和潜水は何メートルまで潜る事ができるのか?
飽和潜水の潜水深度には厳密な限界はありませんが、地上のレーションシュミレーションでは深海700メートルまで可能というデータがあります。Wikipediaで700メートルまで潜水可能という内容も見つけました。
しかし実際に飽和潜水士として深海へ潜ったことがある方によると、深海400メートルになるとめまいや息苦しさなどの身体の不調があちこちに現れるとの事なので、理論上700メートル可能と言われていても実際に可能かどうかは定かではありません。
実際に700メートルまで潜ったという事実は現在のところありません。
ダイバーのホース=アンビリカルの長さはおおよそ30mだそうで、それによりあまり行動範囲は広くないようです。
しかしそれより長くするとダイバーが浮力操作を誤って、水深が上がった場合に一気に減圧されて減圧症になってしまう恐れがあるため、ホースの長さによる行動制限が決まっているようです。
飽和潜水は、通常100メートル以上の深さで行われることが多いようですが、深度によって使用される混合気体の組成や圧力などが調整されています。
深度が深くなるにつれ、ヘリウムの割合が高くなるそうです。
そのため、潜水装置の調整など安全対策なども重要なポイントとなります。
深海の水圧による体の影響
深海200メートルまでは比較的あまり影響がないそうですが、200メートルを超えたあたりから、様々な影響があるようです。
・関節痛
・めまい
・呼吸のしにくさ
・視野が狭くなる
実際に体験したことのある飽和潜水士の方はこう語っていました。
「動くたびにピキッ、ピキッと関節痛のような痛みが肘や膝に走る。通常、関節の組織には気泡が含まれ、これがクッションの役割を果たしていますが、高圧下ではこの気泡が潰(つぶ)れ、関節の神経が圧迫される状態になるのです」
「目まいやふらつきを覚え、呼吸しづらくなります。ドロドロとした粘性のあるガスを吸っているような感覚になって気持ち悪くなり、深呼吸をするようにしっかりとガスを吸わないと息苦しくなる」
引用:KAZU I引き揚げで脚光を浴びた深海の超人「飽和潜水士」の過酷すぎる任務と報酬 – 社会 – ニュース|週プレNEWS (shueisha.co.jp)
身体のあちこちが悲鳴を上げてしまうので、大変過酷な環境になります。
さらに、深海になればなるほどヘリウムの濃度を高くしていくので、声が高くなるようで、会話もままならなくなってしまうほどになる事もあるそうです。
飽和潜水士とは?
飽和潜水士は、深海での長時間作業を行うための特別な潜水技術を熟知し、高度な訓練を受けた潜水士を指します。
飽和潜水においては、潜水士が水圧の影響を受けるため、通常の潜水とは異なる潜水器材を使用し、長時間高圧環境に身を置くため、高度な医療知識や技術も必要となります。
さらに飽和潜水士は、深海での様々な作業に従事しますので、身体的な面だけでなく、技術面での訓練も必要とされます。
例えば、海底の建設作業、海洋調査、石油や天然ガスの採掘、油田のメンテナンス、船舶の修理や船底の清掃などがあります。
給料
トップクラスの潜水士の年収は、2,000~3,000万円になります。
この数字を聞くだけで、どれだけ危険を伴う仕事なのかがよく分かります。
深さや期間によって手当は変動し、深くなればなるだけ、期間が長くなればなるだけ報酬は高くなります。
水深400メートル、約30日間の業務で370万円との話もありました。
また、民間の飽和潜水士の報酬はさらに高い場合があり、海外の海底油田の採掘に関わったダイバーの話では、日当で20万~30万円、数ヵ月間の実働で年収2000万円ほどを稼いだという方もいるのだとか。
飽和潜水の場合は、作業をしている時だけでなく、加圧されたあとは常に作業中とみなされる為、手当が跳ね上がるそうです。
潜水中の生活はどんなもの?
業務期間中は4畳半くらいの広さの高圧室内で3名または6名が衣食住を共にし、さらにダイバーや機器に異常がないか24時間モニタリングされています。
高圧環境による身体的な影響以上に、24時間監視、終了まで逃げられない監禁状態といった精神的ストレスの方も大変なようです。
長ければ1か月にもおよぶ作業内容の事もあるので、想像以上に精神的な面での疲労が大きいようです。
スマホやパソコンなどの持ち込みはNGとなっています。
外部の情報を入手できる手段となるものがNGとされているのですが、それは、もし家族に不幸があったとしても緊急で駆けつけるという事が難しく、身体を減圧しない限り絶対に外へは出られないからという理由です。
ダイバーの精神面や命を守るという観点からも、外の情報をあえて遮断した状態にしています。
娯楽に関しては、小型のゲーム機や本などの持ち込みはOKのようです。
タンク内での筋トレは減圧症になるリスクが高いので禁止です。
お酒・たばこも禁止。
飽和潜水中には、トイレを含む生活設備が潜水母艦などに設置されます。
飽和潜水士は、専用のトイレを使って排泄物を処理します。
排泄物は専用の処理装置によって、水質汚染を起こさないように処理されます。
また、潜水中に食事を取るため、排泄物だけでなく食事の残渣なども処理する必要があります。
シャワーも完備されています。
飽和潜水士になるためには?
「飽和潜水士」という資格はありませんが、「潜水士」の国家資格を持っていなければ、飽和潜水士にはなれません。
潜水士の受験資格は年齢・性別関係なく、だれでも資格取得は可能です。
潜水士の試験は筆記試験のみで、学歴や経験がなくても一切問題ありません。
しかし18歳未満の場合でも受験はできますが、満18歳になるまで免許は交付されません。
飽和潜水士になるために、現在日本で一般的に知られているのは海上自衛官になる道です。
飽和潜水を実施している部隊は神奈川に2か所、広島に1か所あります。
そして、それ以外の方法として、日本で唯一の飽和潜水システムを採用する民間企業アジア海洋株式会社へ入社するという方法もあります。
海外では、飽和潜水士になるための学校があるようですが、残念ながら日本にはないようです。
飽和潜水を行う場合、潜水士の資格はもちろんのこと、過酷な訓練と深海潜水装置など高度な潜水知識必要になります。
勉強しなければならないことは山ほどあり、しっかりと知識を身につけておかないと、命に関わることになるのです。
莫大な量の知識は一朝一夕で身につくものではなく、飽和潜水士である限り学び続ける必要があります。
コンプレッサーや制御装置の操作、保守整備、ボンベ内の圧力や潜水可能時間管理など、機械や数字に強い理系の知識も要求されるのです。
そしてそれら過酷な勉強や訓練を乗り越えた人だけ、「飽和潜水士」となる事ができるのです。
まとめ
飽和潜水は、海洋探査や建設、修理作業、救助活動など、多岐にわたる分野で重要な役割を担っている事が分かりました。
知れば知るほど魅力がいっぱいの「飽和潜水士」ですが、あまり世間に知られていないのが不思議でなりません。
常に危険と隣り合わせの状況で、長時間に渡る厳しい生活環境を耐え抜いて頑張っている飽和潜水士の皆さんには頭が上がりません。
このような素晴らしい仕事をしている人達がいるという事を、もっともっとたくさんの人に広く知れ渡ってほしいという気持ちでいっぱいです。